「海外心臓移植を目指す純平君を支える会」新着情報

皆さんのお出迎えを受けて帰国しました!!
 

8月27日(水)夜8時45分、純平君は福岡空国に到着。たくさんの報道陣やお友だち、関係スタッフに出迎えを受け、少し緊張した面持ちで皆さんの前に元気な姿を披露しました。大きなマスクで顔が見えませんでしたが、待ちに待った日本に帰国できたことで純平君は満面の笑みを絶やすことなく喜びを表現していました。9時過ぎから空港の一室で記者会見をし、「一番に食べたいものは何ですか?」と言う質問に「博多ラーメン」と答えて会場を笑わせました。
この日は、市内のホテルに一泊し、28日の朝、九州大学病院に検査入院しました。検査の結果を受けて9月の初旬の退院の予定です。
6月17日に渡米してこんなに早く、二ヶ月余りで帰国できたことは今までにない快挙でありますし、支援していただいている全国の皆さまにはいつもいつもご心配していただいて励ましのお言葉などを頂戴しながら純平君は日本に帰国できる日を心待ちにして日々を頑張っていました。
無事に帰国できましたことをご報告させて頂くと共に深く感謝申し上げます。




帰国が決定しました!!
 

8月18日(月)の心筋生検(バイオプシー)拒絶反応検査で最高によい結果が出て、純平君の帰国が決定しました。
UPMCの医療スタッフにも恵まれ、純平君の頑張りもあって本当に早いスピードで帰国の途につけることになりました。
こちらで今までお世話になった方々に別れを惜しみながら挨拶をして廻り、急な決定に慌しい毎日を送っています。
帰国の予定は8月27日夜、福岡空港に到着、その次の日の朝、九州大学病院に検査入院する予定です。

待ち望んでいた日本への帰国がやっと実現します!!
元気な姿を日本の皆さんにお見せできることを本当に嬉しく思っています!!



8月18日は23歳のお誕生日でした!!
 

8月18日は純平君の23歳のお誕生日。この日は、大切な検査がある日なのでその前日の17日、ファミリーハウスでこちらでお世話になっている方々からお祝いをしていただき、今までとは全く違った思いで深い格別なお誕生日になったようです。



心筋生検(バイオプシー)拒絶反応検査の結果は良好!!
 

純平君はピッツバーグ大学病院から歩いて5分ほどのマッキーファミリーハウスに滞在して病院に通院しています。
先日7月28日に術後3回目の心筋生検(バイオプシー)拒絶反応検査を受けましたが、結果は良好で次の8月4日の4回目の検査の結果が良ければ、ますます帰国が近くなります。
最近は長く伸びた髪をバッサリ切って、自分でも結構気に入っているとか。
毎日の生活は、朝からキッチンで料理を作ったり、リハビリを兼ねて近所を散歩したり、ピッツバーグには結構古い教会とかがたくさんあって目を楽しませてくれます。ちょっと足を伸ばして日本の食材を買いに出かけたり、インターカフェでインターネットをしたり、病院にいるとき以外はそれなりに楽しんでいます。




第1回中間会計報告
 

Download:201.pdf 201.pdf 皆様へご報告です。
(平成19年9月26日〜平成20年5月31日)までを報告させていただきます。




純平君は退院することができました!!
 

7月18日(金)PM5時頃(現地時間)、純平君はピッツバーグ大学病院を退院いたしました!今後は病院の近くにある患者の家族のために建てられたファミリーハウスに宿泊し、病院に通院します。

術後一週間も過ぎると両側から出ていたドレインも一つずつ取れ、8日目には点滴がすべて取れ、10日目には一人で歩いてトイレに行くことができました。それを受けての退院となりました。

今後は、新しい心臓が適合しているかどうかの検査を受け、確信が持てた段階で帰国の運びになると思います。

こんなに早く、順調に回復してこれたのも純平君の日々の努力もおおいに影響しているでしょうが、何よりも心臓を提供してくださった方のおかげによるものが大きいと思います。ご本人そして、そのご家族の方に感謝すると共にご冥福をお祈り申し上げます。そして、純平君は二人が出会い二人がよみがえったその日を二人の新しい誕生日として、一日でも長く生きていきたいと言っています。二人が出会った日はまさしく7月7日の七夕さま。この日は私たちスタッフにとっても忘れられない一日となりました。

今日まで支えてくださいました全国の皆さま、本当にありがとうございました。純平君が元気な姿で日本に帰国するまでにはもう少し時間が必要ですが、ここまで来れたことを本当に感謝申し上げます。




純平君は順調に回復しています!!
 

手術後の純平君は信じられないくらいの速さで回復して、周りを驚かせています。その経過をご報告いたします。

手術後2日目、人工呼吸器から自発的に呼吸するようになる。柔らかい食べ物を与えられる。午前中椅子に座る練習。すぐに耐えられなくなる。午後からまた椅子に座る練習。ベッドに移動するのが大変で気分が悪くなる。肺を膨らませる練習。力は強いが、その後がとても辛い。
3日目、普通の食事が与えられた。食欲はないが、無理をして一口づつ食べる。食べた後吐き気。まだ受け付けないようだ。椅子に座る練習。4時間くらい座っていたので辛くなる。顔色悪くなりまだまだ大変なようだ。
4日目、和食を朝から良く食べる。ベッドの上に座って食べたがまだまだ大変。とても辛そう。点滴の数が7本から4本に減った。首から入れられた投薬のための管が取り除かれ腕からに変わった。一般病棟に移る。
5日目、レントゲン検査。初めて自力でベッドに座ることができた。食事後5分位で限界。とても辛そうにしている。
初めて廊下を歩く練習。足取りはしっかりしていた。

一日一日、回復していく純平君の姿に一日でも早く元気になって日本に帰りたいという、強い意志を感じ感動すら覚えます。




全国の皆様へ手術経過のご報告
 

皆様方に、ご報告です。
アメリカ、ピッツバーグ大学病院にて手術が始まり、とても短時間の間に何のトラブルもなく、日本時間7日午前4時頃、無事手術を終えました。手術は大成功です。
ICUに入ってその日のうちに意識も戻り、生きていることを私たちに知らせようとしているように必死で手を動かそうとしている姿に感激と感動を覚えました。
純平君は良く頑張ってくれました。そして医療スタッフの皆さまありがとうございました。



再度ドナーが現れ、手術が開始されました
 

7月6日(日本時間)PM12:40頃ドナーが現れたとの連絡が入り、PM8時頃手術室へ向かいました。PM9:30頃心臓移植手術を開始しました。終了するのは7日AM3:00〜4:00の予定です。また明日お知らせします。



「純平君を支える会」報告会をさせていただきました!!
 

6月28日(土)16時から西区下山門公民館において、「純平君を支える会」の報告会をさせていただきました。柴田会長が目標達成のお礼の言葉を述べ、その後に純平君の近況などを報告し、会計報告と今後の活動報告のご説明をしました。
参加者は28名で、ご出席のみなさんから「おめでとう!!お疲れさまでした!!良く頑張ったね!!」と労いの言葉をいただきました。ご協力いただきました全国の皆さま、本当にありがとうございました。




今回のドナーは残念ながら適合しませんでした!!
 

6月26日(木)早朝に心臓移植待機患者としての登録を終えたという報告を受けて喜んでいましたが、それより数時間後の午後1時頃「ドナーが現れた」と言う一報が入り午後4時30分より手術があるということで留守を守っている事務局は緊張感に包まれました。しかしながら、天候不順(夜中雷雨)で臓器搬送と手術開始のタイミングが合わずに手術開始が延び延びになり、昼間の手術となる見込みでしたが、結局ドナーのサイズが合わないという理由で今回のドナーからの手術は中止となりました。
ご心配をいただいた全国の皆さまには深く感謝申し上げます。
引き続き待機いたしますので、最後までお見守りくださいませ。



ピッツバーグ大学病院医療センターの歓迎を受けました!
 

17日夕方、アメリカ・ピッツバーグ大学病院医療センターに到着した純平君は、スタッフの方々の手厚い歓迎を受けました。




無事!ピッツバーグ大学病院医療センターに到着しました!!
 

純平君を含む九州大学病院スタッフは、6月18日午前、無事、ピッツバーグ大学病院医療センターに到着しました!
17日、早朝5時50分に病院の玄関に現れた純平君は、待ち受けた取材陣に取り囲まれながら、病院の先生、看護師さん、お友だち、ご近所の方々、会のスタッフなどに見送られながら、元気に「頑張って見せます!」と熱い決意を述べ、病院を出発しました。通常は飛行機の下から直接乗り込む予定でしたが、雨天のため人工補助心臓が濡れるのを防ぐため、正規のルートを通って搭乗しました。まずは、成田に行き。12時の飛行機でシカゴへ。シカゴからピッツバーグへ。通算22時間の長い渡航となりましたが、純平君はこの日のために毎日毎日信じられないようなトレーニングを重ね、体力作りをしていましたので、その努力が実ったのか、用意されていた車椅子を使うことなく、自分の足で歩いていました。外で歩くのは3年振りで、純平君にとっては本当に幸せな時間だったのかもしれません。おかげさまで心配された飛行機の中でもこれといったトラブルもなく無事、ピッツバーグ大学病院医療センターに転院いたしました。全国の皆さまからは大変ご心配いただきありがとうございました。ここにご報告させていただきます。




海外心臓移植のための渡航のご報告と説明のための記者会見をしました!!
 

いよいよ明日17日(火)は心臓移植のためのアメリカへの出発の日。この前日、16日(月)14時から県庁県政記者室において渡航前のご報告記者会見をいたしました。はじめに会長が、1億円と言う膨大な目標金額を達成することが出来、全国の温かいご協力をいただいた皆さまにお礼の言葉を述べました。次に純平君のお父さん。それからご出席いただいた九州大学心臓外科の徳永滋彦先生と循環器内科の井上修二郎先生お二人に同席していただき純平君の現在の状況や移植のお話をご説明をいただきました。その後記者の方からのご質問をお受けし、無事記者会見を終了いたしました。
明日17日は、純平君は、早朝、九州大学病院より民間の救急車で直接シップサイドより飛行機に乗り込み正規ルートを通りませんので病院玄関がお見送りの時間になります。一行は福岡空港から成田に向かい、成田で休憩した後12時の飛行機でシカゴへ向かいます。そして、目的地であるピッツバーグへ入ります。全搭乗時間は15時間50分、全行程時間22時間以上の長旅になりますので、純平君の体力が心配ですが、今までに幾度となく危機を乗り越えてきた純平君ですから大丈夫だと信じています。元気な顔で日本に戻ってくることを期待しながらその日を楽しみに、全国の皆さまと一緒に待っていたいと思います。




ありがとうございました!!5月25日をもって目標額1億円に達成いたしました!!
 

5月25日現在の募金総額は、100,297,091円になり目標額を達成いたしました!!目標額を達成しましたので募金活動を終了させていただきます。

純平君の海外での心臓移植のために全国の皆さまから温かいご支援とご協力をいただきありがとうございました。それぞれの地域で毎日のように街頭に立って呼びかけてくださった方や純平君が助かることを願いながら自分が出来ることを精一杯やっていただいた全国の皆さまのおかげで、目標を達成することが出来ました。
純平君は目標額を達成したのを見届けて心臓移植を受けることが出来るので、とても喜んでいます。

それまでの国内での心臓移植のために臓器提供者を2年も待ち続けましたが、なかなか現れないため海外での心臓移植を目指した「純平君を支える会」の準備会を昨年の4月27日に開いて1年余、記者会見をして募金活動を始めて8ヶ月余の長い期間、本当に会のスタッフは頑張ってくれました。殆どの者たちが仕事をこなしながらの週末だけの募金活動でしたが休むことなく弱音も吐かずに良く頑張ってくれました。

そして何より、純平君は本当に頑張って生きていてくれました。

昨年の11月までは信じられないほどのリハビリに励んで、本当に元気な姿を見せていた純平君でしたが、昨年暮れの12月には左わき腹に取り付けられた人工心臓のポンプに血栓が見つかり、緊急手術を立て続けに3回も行いました。この頃から今までとは少し様子が変わってきていました。その切開した部分から菌が入らないように強い抗生物質の点滴を受けるため、その副作用で激しい嘔吐があり40度の熱が出る上に1ヶ月以上も熱が下がらないため一時期は本当に心配しました。

今年のお正月、箱崎宮での三箇日の募金活動のときは、40度の高熱が長期間下がらずにこのまま死んでしまうのではないかと本当に不安でスタッフの皆んなも涙しながらの訴えとなりました。
この頃から「純平君を助けてください!!」という声がみんなの口から出るようになりました。

先月中旬、渡米が5月8日と決まって数日後、純平君は風邪をこじらせたらしく肺炎とも言うべき症状で高熱と激しい嘔吐と共に肺の痛みを訴えました。一日、一日、渡米の日も近づき一向に治る様子もなくそれどころか肺に水が溜まるなど、とても苦しい日々が続き、それを見守るスタッフも本当に心配しました。

しかし、純平君は生きることをあきらめませんでした。

その間純平君が待ち望んだCOOL M.Bさんのアカペラでの「アメイジング・グレイス」の世界に一枚しかないCDが届き、何回も何回も繰り返し聞いて耳を傾けていたそうです。これも純平君がCOOL M.Bさんにリクエストしたもので、ホームページのBGMにさせていただきました。この頃から肺の水を抜くためのホースも取れて、次第に快復に向かい始めました。(「新着情報」に記事掲載)

しかしながら5月8日に決まっていた渡航はまだ無理であろうと診断され、残念ながら一ヶ月伸ばしの6月中旬の渡米が決まりました。約一ヶ月の間に長時間の渡航に備え完全に体調を整えてほしいと思います。

もし、国内で移植が出来ていたならば、きっと純平君は今頃元気に家の近辺を歩いていたことでしょう。1億も2億もかけて海外で移植手術をしなくても、医療先進国のこの日本で健康保険を使って移植手術ができる日が一日も早く来ることを願わずにはいられません。

10年前の移植法の改正で15歳以上の方なら国内での移植が可能になりました。
しかしながら、純平君の現状を見ていただいたらわかりますが、国内でのドナーはほとんど現れず、皆無に等しいのが現実です。一昨年の7月、移植待機患者を持つご家族の方々のご努力で、国内での移植には健康保険が適用されるようになり国も努力の一途をたどってはいますが、耐用年数が1年半だともいわれている人工心臓を3年も装着したまま生きることをあきらめずに頑張っている純平君の何の役に立ったというのでしょうか。

その3年の間、待ち切れずに亡くなってしまった同じ病気のお友だちを何人も見送ってしまい、夜、暗い病室で目を閉じて寝ると、このまま目が覚めないのではないかと怖くて寝れなかったと語っていました。次は自分の番ではないかと思わずに生きてこれるはずがありません。
ましてや20歳を過ぎた青年にとっては募金活動の道は大変険しいものがあります。15歳未満の子どもさんでも、純平君のような若き青年でも、家庭を持たれた中年の方でもご老人でも全員が助からなければなりません。皆、家族を持った大切な「ひとつの命」です。

幾度となく危機を乗り越えた純平君も移植手術を受け人工心臓につながれることのない元気な姿になって日本の土地を再び踏むことが出来るよう、後に続く方たちのためにも頑張ってくれることと信じています。

長い間ご支援いただき心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。





募金活動終了に伴う募金箱回収について事務局からお願いとお知らせ!!
 

1.募金箱設置のご協力いただいておりました全国の皆さまへお願いです。
  本来なら私共スタッフが募金の回収に上がらなければならないところですが、
  各自お振込みいただきまして大変感謝いたしております。 
  今まで設置していただいておりました募金箱を募金活動が終了いたしました
  ので、至急下ろしてください。


2.集められた募金については下記の銀行にお振込みいただきますようご協力ください。 
  ゆうちょ銀行       (01790-6-82442)  
  福岡銀行野方支店、     普通517159     
  西日本シティ銀行下山門支店、普通0591870     
  三井住友銀行天神町支店   普通1624633     

  (振込み先)純平君を支える会 会長 柴田 由美子

  尚、その際、お名前の前に募金箱のb書いてください

3.募金箱の処理の仕方は下記の要領でお願いいたします。

  ●外部に貼られている募金箱ナンバーシールと会のシールをはがすか
   切り取って事務局まで郵送してください。
   (郵送料は募金額から郵送代を差し引いてお送りください)
    
  ●切り取った後の箱は処分していただいて構いません。

  ●不要なプラスチックの募金箱などは郵送していただいても
   構いませんがその時はシールはそのままはがさずにお送りください。
   (郵送料は募金額から郵送代を差し引いてお送りください)

   <事務局の住所> 〒819-0054 福岡県福岡市西区上山門
                   3−7−12−F1 

            TEL 092-891-5037 FAX 092-891-0831

4.今までご協力いただいた、お一人お一人にお礼状を差し上げたいところですが、ご住所が明確な物についてのみ書かせていただいております。銀行から電送される場合カタカナでのお名前のみの場合などありますのでお礼状をお送りすることが出来ない皆様には、この場をお借りしてお礼を申し上げます。

本当にありがとうございました。
おかげさまで目標を達成することができました。
純平君が元気に帰ってくるその日までお見守りくださいませ。  事務局




日本代表鹿島アントラーズの田代有三選手が純平君をお見舞いに来てくださいました!!
 

5月27日、サッカーの日本代表鹿島アントラーズの田代有三選手が純平君をお見舞いしてくださいました。大切な試合の合い間をぬってわざわざ純平君を激励するために駆けつけてくださり、純平君は感激して、たくさんの元気をもらったようでした。今回は純平君の身体を心配して二人水入らずのご対面となり、ずいぶん楽しい時間を過ごしたようです。




“ホームページBGMの秘話”
 

皆さん、もうすでにお気付きになっていることと思いますが、
「純平君を支える会」ホームページを開いたときに流れてくる音楽、ジャズ風のピアノの流れに乗ってCOOL M.Bさんのソウルフルな素敵な歌声。
この歌は純平君のかねてからのリクエストだったのですが、先日、純平君が肺炎になり苦しんでいるときに何も知らないCOOL M.Bさんたちが純平君を驚かそうと、そのCDを持ってお見舞いに来られる予定だったのですが、面会することもできずに元気になるようにとCDだけが純平君に届けられました。その日は、肺に水が溜まりとても大変な状況だったので聴くことは出来ませんでしたが、次の日、「聴きたい」と言って看護師さんにかけてもらい嬉しそうに何回も何回も耳を傾け聴いていたそうです。
それからの純平君は不思議なほどに快方に向かい。延期にはなりましたが、今は渡米するための準備に頑張っています。

COOL M.Bさんと純平君の出会いは、「JUN’S闘病日記」の2007年12月12日にも書いている通り、看護師さんの紹介で知り合い、12月13日に純平君をお見舞いしてくれたときアカペラで歌ってくれた「アメイジング・グレイス」の曲に純平君の心が深く感銘を受けたのでした。その歌声に心身ともに辛く苦しい純平君の心がどんなに救われたことか自然に涙が出るのも不思議ではありません。(「応援メッセージ」のニュース欄掲載)厚かましいお願いなのですがと前置きをして意を決して純平君はCOOL M.Bさんに「アカペラで歌ったアメイジング・グレイスをホームページのBGMにしたいので」とお願いしたのですが、気持ちよく応じてくださってこの日を迎えることができました。
COOL M.Bさんの最近のご活躍は目まぐるしく、皆さんもぜひ、彼らの歌声に耳を傾けてみてください。
COOL M.Bさんには深く感謝申し上げ、更なるご活躍を期待いたします。

 COOL M.Bさんのホームページ 
            http://www.coolment-bros.com/








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